夏目漱石の小説の中には、多くの美術作品が登場することは良く知られていますが、今月末に発刊予定の東京美術「もっと知りたい夏目漱石・文学と美術」P50、51に小説「行人」(こうじん)に金剛寺の「波涛図」が登場する様子が取り上げられています。


二人は二階の広間に入った。するとそこには応挙の絵がずらりと十幅ばかりかけてあった。それが不思議にも続きもので、右のはじの岩の上に立っている三羽の鶴と、左のすみに翼をひろげて飛んでいる一羽の外は、距離にしたら約二、三間の間ことごとく波で埋まっていた。「行人」「塵労」八
主人公の長野二郎が父親に誘われて上野の表慶館(現在の東京国立博物館にある表慶館)を訪ねた折に、応挙の作品に出合う場面がある。十幅ばかりに数羽の鶴が描かれ、襖絵を掛軸に直したといった記述から、当時から博物館に寄託されていた金剛寺蔵の《波濤図》であることが明らかである。
「行人」で父子が見たのは、三十二面のうち鶴が登場する十二面であったようだ。ただし、向かって右手の岩の上に立っている鶴は、三羽ではなく二羽である。漱石は、実際に見た時の記憶を頼りにこうした記述をしたのであろう。 (古田亮)
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